かねて

ひとつだけでもいい


自身の軸というものが、いつ構成されたのか。自分がよく理解しているつもりだ。

あれは、中学三年生の春のことだった。その年のクラス替えで偶然同じクラスになり、偶然隣の席になった小柄な男子がいた。彼はその体格加えて家の貧しさ、その癖頭が良かったせいで酷い虐めにあっていた。
三年になるよりもずっと前からその虐めはあったようだったが、それを誰も助けてやろうとはしなかった。始めのうちはそうする人の影くらいはあったんだと思うが、それでもその行為は終わらなかった。
いつしか、それが日常に変わってしまい、虐めという意識さえ消え失せてしまっていたかのように思えた。

毎日、毎時間不良たちに呼び出されてはボロボロになって帰ってくる彼を間近に見て、情が沸いたのだと思う。
ある日、自分はいつものように砂埃に塗れて帰ってきた彼に鞄の中に入っていた一枚の絆創膏を何も言わずに手渡した。
絆創膏一枚なんかじゃ足りない傷を負っていると知っていたが、それでも何もしないよりは良いと思った。
本来ならば、保健室まで行かせてやるべきだったのだろう。でも、彼は今までそんなことをしなかった。彼自身のプライドがそうさせなかったのだとしたら、この事実を知られたくないのであれば、自分ができることをしてやとうと思ったのだ。
すると、彼は一瞬目を見開きはしたが、何も言わずにそれを受け取って、少しだけ頭を下げた。
これは『ありがとう』という意味でとっていいのだろうか。彼はその絆創膏を傷に貼ることなく、ズボンのポケットに突っ込んでその場を去ってしまった。
あぁ、そうだ。傷口の砂を取ってからじゃないと不衛生だもんな。
その時は、彼のその行動をそうやって、気に留めることもしなかった。

クラス替えから一ヶ月経ってそう決意して、自分は偶然入っていた絆創膏を手渡すというたったそれだけのことをやった。自分にしては、十分な一歩だと思えた。
何もしない周りよりはマシだと、そう自分を弁護するための行為だったのかもしれないけれど。

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