かねて

ひとつだけでもいい

目覚めると、案の定似たような世界だ。創った本人ながら、感心する。ここまででは、この世界が現実世界とは別物だと気づかない。会話さえしなければ、もしかしたら同じように生きられるかもしれない。しかし、人は一人では生きられないというのが性である。

あれから幾ら時を経たろうか。
一人だったこの世界も、一人、二人と日ごとに増えていき今やしっかりと一つの街、一つの世界を形成している。
道行く人の会話は嘘と偽りの笑顔に包まれている。嘘も方便という言葉があるが、この世界はほとんどが虚言だ。その証拠に誰も体に傷は刻まれていないし、会話の最中に痛みに耐えるような表情をしてはいなかった。
これが、求めていた理想の世界…?
誰も傷つけず、自分も傷つかない。

この世界に落ちてしばらくしてから、自分は再び後悔した。
つまるところ、自分はただ自分は苦しむのが嫌で逃げただけなのではないだろうか。あの日、失われた命を少しでも救いたくて今まで研究に没頭してきたというのに。
何も口にすることも口に入れることもなく、ただ葛藤していた。
自分がやるべきは何だったのか。
その答えが見つかったところで、自分はもう何もできないというのに。
あの日に似た懺悔だ。

その念に押しつぶされそうになりながら、この世界の孤立を選んだ。


毎朝、家を飛び出し、公園に設置されているベンチに座って街の人々を観察する。あの日、この世界の研究を拒否したというのに、自分は結局同じところに行きついているとわかってはいても、それ以外にやることは見当たらず、ずっとここでこうしている。まるで、抜け殻のように。
もしかしたら、あの研究所で研究を続けるとここで言い切ることができれば、あの男が自分とこの世界とを繋げる幾つものコードを取り外してくれるかもしれないが、その気はさらさらなかった。

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