魅闇美

呪縛の月光蝶《後編》

空は外、檻は僕の家、飛んだなんていうのは嘘・・本当は逃げただけ

まだ日が昇らないうちに霜は目覚めた。
もぞもぞと身体を動かすと自分とは違う身体にぶつかる。
規則正しい寝息をたてる存在、優しい人。
「ごめんね・・・。」
まだ目覚める気配のないその存在に霜は呟くような声で言葉を零す。 2人の距離が縮まっていくのに比例して、罪の意識は色濃くなる。 これ以上此処に入れば離れていくのが辛くなるだろう。 それほどに目の前の存在は霜にとって大きなものとなっていた。
1日1日が宝物のようで、一分一秒が愛しく思える日々。
それを手放すことは辛かった。けれど、これ以上ぐずぐずしていれば取り返しのつかないことになる。
「今日で最後にしよう・・・。」
そんな決意の言葉なんて知りもせず、かけがえのない人は眠るのであった。
その日の夜、最後の夜・・・。
珍しく霜が大人しかった。
いつもなら帰ってくるとすぐに玄関まで走ってくるか大声で話しかけてくるのだが、 今日は居間に入ってくるまで俺の存在に気がつかなかった。
「どうかしたのか?」
霜の傍らに腰を下ろして顔を覗き見る。
一瞬泣いている様に見えた。
(え・・・?)
目を凝らして見るとさっきの表情は幻だったのか、霜の表情はいつものあの笑顔だ。
「そんなに見つめないで、照れるなぁ〜。」
「ばっ、見つめてなんていねぇよ!」
顔を逸らして次の攻撃に備える。
けれど来るであろうと思った攻撃はなかった。
「霜?・・・やっぱお前今日変じゃないか?」
「変じゃないって。」
「そうか?」
これ以上詮索するのも気が引けて、俺は黙って霜の様子を伺うことにした。
霜はじっと部屋の間取りを見ている。記憶に焼き付けるように・・・。
「・・・ここもなんか見慣れてきたな。」
「そりゃずっと此処に泊まってたんだし。」
霜は家具の一つ一つに手を伸ばして触れている。
部屋の中を歩き回った霜は窓の前で止まった。
「・・・ここからだったよね。」
霜は物思いにふけながら、窓にそっと手を当てる。
「ああ、始めは驚いたぜ。なんせあんな真夜中に子供の手が現れたなんて・・・。」
「・・・あんな寒い中窓開けて蝶と戯れる人なんて滅多にいないよね。」
「あれはたまたま窓が開いていてだなぁ・・・!」
「お兄さんの第一印象は優しい人だよ。今もそれは変わらないけど。」
霜が振り向いて優雅な笑みを浮かべる。
「・・・お前ほんと、今日変だ。」
霜の肩を掴んでじっと見つめる。
手の平から震えが伝わってきた、肩がカタカタと震えている。
「・・・寒いのか?」
「ちょっとだけ・・・。」
返事を聞くと俺は押入れから毛布と布団を出して霜を包んだ。
そしてストーブを霜の前に移動する。
「お兄さん!これじゃあお兄さんが凍えちゃうよ!?」
「おおげさだな。そんな心配すんなよ、俺熱がりだし。」
「でも・・・。」
「いいからいいから。」
霜の言葉を笑顔で制す。

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