「ただいま」
いつからか一人暮らしの俺にそんな言葉を言う習慣が生まれていた。
確かなのは君が俺の前に現れてからということ・・・
「おかえり〜」
家の奥から返事が聞こえると、そのすぐ後に騒がしいくらいの足音を立てて君が玄関にやってきた。
目の前に蜂蜜色の髪が移ったかと思えば次の瞬間には満面の笑顔が視線を奪う。
その笑顔を見ながらもう一度「ただいま」と呟いて頭を軽く撫でた。
「遅かったね、なんかあったの?」
「バイト先で交代の時間だってのに代わりの人がなかなか来なくてな。」
時計を見るといつもより10分くらい帰り時間が遅いことに気づく。
走って帰ってきたから帰る時間はいつもと変わらないと思っていたがそうはならなかったようだ。
そんなことより、そんな帰り時間を霜が気にしていることに内心驚く。
霜が家に来る時間は毎日予測不可能で、早ければ六時くらい遅ければ九時となかなか時間にルーズなようだ。
まぁ門限とか決めているわけではないし、相手は昆虫なんだから自由気ままでよいと思う。
霜がそんなんだから時間なんて気にしていないと思っていたのだが・・・
「これでも走って帰ったんだぞ?」
一応言い訳を言っておく。
言った後でなぜ言い訳なんてするのだろうと自分でも意味のわからない行動に疑問が浮かんだ。
そんな疑問を解決するまもなく霜が話し始める。
「ふぅ〜ん・・・ねぇ、なんで走ったの?」
ニヤリと口の端が吊上がったのを俺は見落とさなかった。
「え?・・・あ、それは・・・」
気分だ、とでも適当に返せばよかったのに返答に戸惑ってしまう。
それはたぶん・・・
「僕が家で待ってると思ったから?」
(う・・・・)
図星を付かれて言葉が詰まった。
「別に待ってるわけじゃないのに〜」
そんな俺をみて、霜はしゃあしゃあと鋭い言葉を投げつける。
(この糞餓鬼、・・・もとい糞昆虫がっ!!)
口ばかり達者で口から生まれてきたのではないかと思うほどである。
「ちがっ、お前が部屋散らかしたり悪戯してたら困るから・・・っ」
急いで反論をするが、霜はくすくすと笑いながら余裕の返答。
「へぇ〜、そういうことにしといてあげる」
そう言うと霜は足取り軽く居間の方へ戻っていった。
霜の後ろ姿を見つめがら呟く。
「あ〜、畜生。今日も負けた・・・。」
これで霜に言い負かされたのが通算14回目。
そんなカウントをして気がつく、霜が来てもう2週間が経っていた。