魅闇美

春色天使

下校するクラスメイトの流れから逆流して廊下を走り回った。
渋々仕事をするより動き回っていたほうが何も考えずに済む。
こんな仕事が無けりゃ今頃絢の傍にいられたのかもしれない・・・そう思うとやるせない気分になるから。
マイクを運んで、アナウンステストをして、流れを確認して
・・・
そうこうしているうちに外は夕日で真っ赤に染まっていた。
やっと仕事から解放されて心地良い疲労感に身を任せる。
時計を見ると4時30分。
今からでも遊びに合流できたがなんとなくそんな気分になれず、たらたらと教室に鞄を取りに行った。

誰もいない廊下に自分の足音が静かに響いた。
開いている教室の扉から光が漏れて、廊下までも真紅一色になっている。
今日はまっすぐ帰ろうかな、とぼんやり考えながら教室に着く。
入ろうとして身体が動かなくなった。
呼吸すらも忘れそうになるくらい、1つの感覚が自分の全てを支配する。
視線が奪われた。
窓枠に頬杖を付きながら外を眺める人物。
亜麻色の髪が風になびいて優雅に揺れている。
どこから説明すればいいのか、全てが綺麗で見ているだけでどきどきする。
突然強風が吹いてバランスを崩した俺は身体を支えるため、ドアに手をついた。
ガタッと音が鳴り、その人物はこちらを振り向く。
動きの1つ1つがシャッターを切るように止まり、映る。
振り返って、顔にかかる髪を耳にかける。
強風で乱れた髪に隠れていた大きな瞳が俺の視線と絡み合った。
想い人とは違うどんぐり目を日本人離れした長い睫が縁取っていた。
「なんだ、生徒か。」
始めに言葉を発したのはその子。
「あ、不審者とかじゃないよ?」
俺が口を開く前に付け足すように言う。
「え・・・じゃあ?」
格好は私服だ。
合格発表に来る3年生は3月で見なくなったし、入学式と間違ってきてしまった新入生だろうか?
いや、それなら私服は可笑しいだろうしこの時間にいる意味が解らない。
返答を待つ俺をその子はじっと見つめてきた。
次の瞬間にはふっくらとした唇を笑みに変えて告げる。
「明日には解るよ。」
そう言うとその子は俺の横をすり抜けて教室から出て行こうとする。
「ちょ、ま・・・っ!!」
とっさに腕を捕まえた。
その子は振り向かずに声だけを響かせて話す。
「教室ちょっと見たらすぐ帰るように先生に言われたんだよね、だから先生に見つかったら嫌なの。」
だから離して、と言うが一体この子は何者なんだという疑問と知りたい好奇心に駆られ手が離せない。
「もう・・・。いいものあげるから両手出して?」
そう言われ、促されるままに両手を出してしまった。
両手を掬うような形にあわせられる。
触れる指が細くて綺麗でくすぐったかった。
「はい、どうぞ。」
そのこの手から俺の手に何かが渡された。
俺の両手に蓋をするようにその子の手が重ねられている。 何かが軽く手のひらに触れたが、重さは感じない。
「この学校ぼろいし嫌だけど、これだけは気に入った。」
言いながらそっと手を除ける。
自分の両手に乗せられた物、それは薄紅色の花弁だった。
「これ・・・っ・・・」
顔をあげてあの子を探すが視界の中から消えていた。 聴こえてくる遠い足音。それは次第に弱くなり聞こえなくなった。
夢から覚めたような余韻が残る。
夕日は沈み、暗がりの教室、空間に独り、置いてかれた自分、手のひらには1枚の花弁
柔らかい薄紅の花弁はあの子の唇に似ていた

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