短かった春休みが余韻を残して過ぎ去った。
春休みはあまりにも短すぎた気がする。
1年の復習をしようと意気込んでいたのに学校から出された宿題を片付けたり、
せっかくの長期休みだからと友人と遊んで過ごした日々。
ふとカレンダーを見てみると始業式は目前だった。
やりたいことはたくさんあったのに計画を立てるだけで終わってしまった諸々の事柄。
まあもともと要領は悪いほうだし、春休みなんてこんなものなのだろうと諦めたような言い草を心の中で呟く。
なんやかんやで時とは過ぎていってしまうものだ。
そして今日からまた新しい1年が始まる。
ただそれだけのこと。
そんなことを長ったらしく退屈な校長の話しを聞きながら思っていた。
俺〔上原 玲司〕は2年生になった。
「玲司。」
体育館から教室に戻る途中、突然名前を呼ばれ振り返る。
広がる列の中から体を割り込ませてこちらに向かってくる小さな身体。
「田村!」
そう呼ぶと〔田村 絢〕は一度軽く微笑み、小走りをして近づいてきた。
田村は吊目がちの強気な瞳に、細くて滑らかな絹髪が印象的な可愛い女の子。
ただのクラスメイト。
「おはよ。」
隣に並んで挨拶を交わす。
田村は一度大きく深呼吸をして呼吸を整えていた。
その様子を横目で見ていると俺の視線に気づいたのか、田村は顔を上げて俺の目を見る。
「・・・何?」
「いや・・その・・、なんでも。」
言葉を濁しながら落ち着かなくて視線を逸らす。
「?・・・ふ〜ん。そういえば、玲司また一緒のクラスだね。」
にこりと微笑んでそう言われ、動悸が激しくなった。
そんな風に不意に微笑まないで欲しい。
胸の鼓動がうるさくなる。
それを止める術もなく、そんな自分に気づかれないように隠すことしかできないのだから。
君はそんな俺に気づきもせずに平気で好意を向けてくる、実に残酷だ。
君のせいではないのだけれど、君が原因なのだから少しは言いがかりでも言わせて欲しい。
「玲司?」
黙り込む俺を心配したのか、田村は顔を覗き込んできた。
再び瞳が合っただけでどうしようもなく嬉しくなる俺はかなり痛い奴。
「どうかした・・・?」
君のせいだよ、なんて言えたらどれだけいいか・・・。
実際そんな言葉なんて言えず、君を心配させないために微笑んで「大丈夫何でもないよ。」と言う。
心配してくれたということだけで幸せになる。
君にとっては何でもないことなのに、それが僕にとっては重要なことで――自分の中である感情が成長していく。
気づいているのに「何でもないよ。」としか伝えることができなくて、解っているのに行動できない自分に腹が立つ。
心が叫び続けている、だけど身体は自分のものではないかのようにコントロールが効かない。
いつまでこんな状態が続くのか・・・永遠にも思えるのが恐ろしい。
「そう?なんかあったら言ってよ?」
「ああ。」
「そうだ、今日の放課後クラスで集って遊ぼうって言ってるんだけど・・・
ほら、明日から本格的に授業始まっちゃうし最後に遊びまくろうって。玲司も来るよね?」
はしゃぎながら田村は問う。
そんな田村が無邪気で可愛いな、なんて思いながら俺は答えた。
「ああ、行くよ。」
「ん、楽しみだね。」
本当に楽しみなんだという事が表情を見るだけで解る。
はにかむ様な笑顔を見つめ続けていたかったが、田村は仲の良い女子達に呼ばれてしまった。
「あ、呼ばれたから行くね。」
「あ・・・うん。」
残念だということを顔に出さないように必死でポーカーフェイスも装う。
遠ざかっていく小さな背中を見ていると、数歩歩いたところで突然田村は足を止め振り返った。
ばっちりと瞳が合う。
そのことをとやかく思う前に、田村は話し始めた。
「玲司、田村じゃなくていいって言ったじゃん。」
「あ・・・。」
「絢でしょ?今度また田村って言ったら何かおごらせるから。」
ひひひ、と笑うと田む・・・じゃなくて絢は走って行った。
「絢、か・・・。」
一人練習のように君の名を呼ぶ。
恥ずかしいような嬉しいような、そんな感情が自分の中でぐるぐるしていた。
何度も確認した自分の気持ち、俺は絢のことが好きだ。