正松

短編物語詩集『オト』

「祖父が泣いた」

祖父の泣き顔を見たことが、一度もなかったことに
僕は気付かされた。

祖父は、祖父が引っ張りだしてきた円盤を食わされた黒い箱が発する
何処か懐かしく、何故か感慨深いその音に
しばらく心酔していた様に見えた
僕が就寝に関わる一連の作業を終えた頃にも、祖父は音に対して
僕以上に熱心に聴き入っていた。
「それじゃ、じいちゃん、おやすみ。」
「おお、おやすみ」
祖父は生返事のような挨拶をして、猶もその音に浸っていた

明くる日、
祖父は未だリビングに居た、が、黒い箱から聞こえていた音の流れは止んでいた。
そして、祖父は

泣いていた
そして
ずっと昔に失くした大切な記憶が舞い戻ってきたように 嬉しそうに
笑っていた

祖父の泣き顔を見たことが、一度もなかったことに
僕は気付かされた。
今になって、初めて。

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