獄華蓮

愛しの絆

姉・橘愛梨
俺の姉、橘愛梨は高校2年生、我が家では俺の次にまともな人間だと俺は認識している。ただ少しばかり標準の軸からずれている部分はある。しかし兄のように珍しい趣味を持っているわけでもない。見た目が特別変わっている訳でもない。観察してみても、多分変わっているところはないように見えるだろう。会話をしても、だいたいの場合は普通だ。ただたまに、人格が変わるのだ。
ここで兄同様、一つエピソードを語ろうと思う。これは先ほどの話、兄との会話を終えた俺が姉の部屋へ行った時の話だ。

結局、兄は追ってこず俺は姉の部屋の前にいた。しかし入ることに少しばかり躊躇していた。
今日は、今日はどっちの姉だろう…。黒か白か。出来れば白がいい。白の姉は優しく、普通の常人だ。黒の姉は、もしかしたら我が家で一番怖い存在かもしれない。
「姉貴、入ってもいい?」
軽くノックをして、返事がなかったのでドアノブを回した。ノックをして姉が返事をしない時は、入ってもいいと了承を意味している。だからこそ入る前はわからないのだ、黒か白か。どっちの姉なのか。
中に入れば全体的に白く清潔感のある6畳程度の部屋が目に入った。姉はその部屋の角にある机の前の白い椅子に座って本を読んでいた。いつもの肩よりも少し長い茶色の髪の毛だ。一見、絵になる風景ではあるが、それは姉が白の時の話。もしも、黒ならとても浮いている存在に見えるのだ。
「あらぁ、皐月。また拓海に怒られて逃げてきたの?」
にっこりと笑ってこっちを見た姉。今日は白か…と安心したのも束の間。これはただのフェイクだったのだ。
「そうなんだよ。あいつ、まった俺の部屋に勝手に入ってきてロックにケチつけてきたんだぜ?クラッシックにしろーって」
ふふ、と笑った姉はふっと無表情になったかと思うと目を細めて笑った。ぞくりと、鳥肌がたった。
やばい―――黒だ。
「だから、また私の部屋へ逃げてきたのね…。ふふ…あはははは!ばっかじゃないの?一昨日だって私の部屋に逃げてきて、後悔したばっかりじゃなかったかしらね!確か私に土下座させられて…違ったかしら。あぁ、あれは先週の話ね。一昨日はそう――、私の足になったんだったかしら。確か、私学校に辞書忘れちゃって、取りに行ってくれたんだったわね。十キロも先の学校まで自転車で!帰ってきたときのあの疲れ切った顔、あれが見たかったのよ!あぁもう快感!ねぇ、今日は何して遊ぼうか、キャッチボールでもしようか?この私自らやるのよ。もちろんやるわよね。楽しみね!ほんと…皐月をいじるのが…楽しくて楽しくて!いちいち青くなったり赤くなったり、もう楽しくて仕方がないわ!拓海?拓海は駄目ね、年上って時点で楽しくないわ。少し気が引けるものね。ここは弟の皐月だから楽しいのよ!さぁ皐月、今日は何してお姉ちゃんと遊ぼうか!」
怖い、本当に恐怖しかない。赤くなったことなんかあるもんか、それはきっとキャッチボールのボールが顔に当たった時に出来た痣のことだろ。青くなるのは当たり前だ。十キロ先だぞ?この炎三十度はある炎天下で。
「あ、姉貴…」
「お姉さまって呼びなさいよ。誰に向かって口聞いてるの?頭が高いわ!皐月のくせに!」
本当に嫌だ、ここから逃げたい。帰りたい。あぁこんなんなら長々とクラッシック音楽について語られた方がマシだったかなぁとも思ってしまう。だって仕方がないだろ。一昨日が黒だったんだ。こんなにすぐ黒になるとは思わなかった。
「あぁ!俺今日用事あるんだ、忘れてたぁ〜。ごめんな姉貴…。俺今日は遊べません!」
そんな言い訳をつけて、姉の返事もまたずに部屋をでた。しかし用事なんて嘘だ。
後ろから姉が、「お姉さまとお呼びなさい!」と叫んでいるのが聞こえるが、ここは無視。
これからどうするかと悩んで俺は、行きたくはないが、本当に行きたくはないのだが、妹と弟の部屋へ足を運ぼうと決心した。

いわば姉は二重人格。ストレスが溜まると少しばかり意地悪で女王様な性格になって俺をいじめてくる。これは数年前からずっとのこと。これはかなり厄介で、俺以外に黒になり虐めることはない。そのため、数年前に兄の拓海に相談したところ、「貴様は愛梨を馬鹿にしているのか?実の姉だぞ?なんという妄想を…心が病んでいるのか?それならばいい曲を教えてやろう。そのお前の病んでいる心にぴったりの曲だ。癒されるぞ、曲名はな――」とまたもや長々と語られた上に信じてもらえなかったので諦めた。以来、俺はただ一人悩んでいる。実際、弟と妹はこの事実を知ってはいるが、無関係な上、年下である二人を巻き込む気にもならないので、一人悩んでいる。こんな姉を持ってしまったことを。実際、兄に語られるぐらいなら、姉に虐められてた方がマシだと思う俺は相当な変人なのかもしれない。自分で認めたくはないが。

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