獄華蓮

愛しの絆

橘皐月の生まれた家庭は、とても個性的な人々の集まりであった。
橘皐月とは、現在中学三年生のごく普通の子だ。髪の毛も黒く、背は一七〇ジャスト。純日本人というフインキが出ている。そんな彼の橘家での役割は家事。そして彼は五人兄弟の丁度真ん中の、次男であった。
ここから先は、橘皐月自信が自分の兄弟について語るようだ。

長男・橘拓海
俺の兄、橘拓海は五人兄弟の中で最も年上だ。兄は現在大学二年生。兄が通っている大学は、音大。兄は将来、ヴァイオリンニストになるのが夢なのだ。そのため少しばかり、クラッシック音楽にはうるさいのだ。
一つ、兄とのエピソードを語ろうと思う。

俺がいつものように部屋で音楽を聞きながら、買ったばかりの雑誌を読んでいた時のことだ。急にドダドダとうるさい足音が聞こえる。誰がくるか、予想はできていた。我が家で足音がうるさいのは兄の拓海だけなので。何故こうもうるさく歩けるのか。呆れを通り越して尊敬する。俺が兄を尊敬するなんて、地球に隕石が落ちる可能性と変わらないと思う。
「皐月!いい加減にしろ、何度言ったらわかる!そんなズンガンドンガッシャンうるさい曲を聞くな!」
ほら、兄貴だ。こげ茶色の髪の毛に、真黒なシャツと今時珍しいほどきっちりとしたジーンズを履いている。…顔だけはいいのに、性格がなぁ。
「聞くならクラッシック音楽にしろ。クラッシック音楽はいいぞ、心が癒される。やはりここはヴァイオリン協奏曲をお前に紹介してやりたいところなのだがな、最近俺はワルツというものに心を打たれたのだ。特にショパンのワルツ第一番変ホ長調「華麗なる大円舞曲」なんか最高だぞ!その前にお前、ワルツがなんだか知っているか?ワルツとはな―――」
語りだすと兄は止まらない。俺はとにかくコンポから流れていた、兄曰くズンガンドンガッシャンうるさい曲を止め、そぅっと自分の部屋を出た。どうせ兄はしばらくの間語っているだろう。曲が止まったことにも気付かずに。
と思いきや、そう簡単には行かなかった。ドダドダとうるさい足音が聞こえる。
「皐月ぃ!貴様実の兄の話の途中で退室するとはどういうことだ?喧嘩を売っているのか?上等だ、貴様はまだ俺に勝利したことがないはずだがな!喧嘩であろうがクラッシック音楽の魅力の理解度であろうがな。さぁさぁ皐月!どうする?喧嘩をおっぱじめてやろうか?」
兄の顔が怖い。久々に見た顔、それはこれから始める喧嘩が楽しみでしょうがないという顔。兄はもともと不良という部類の人間だった。しかし高校二年の秋、夏休み前に出来た人生三人目の彼女と共に連れられクラッシックコンサートに出掛けて行った。最初は行きたくないと子供のように駄々をこねていたが、最後は結局じゃんけんをしたらしい。そして負けた兄はコンサートへと連行された。その夜、兄は黒の染め粉を買って帰ってきた。そして脱色された髪の毛を黒く染めた。今は元のこげ茶色の髪の毛に戻っているが。なんでも、コンサートでヴァイオリンの音色を生で聞いて惚れたらしい。以来、兄は不良から足を洗い、普通に生きることにしたらしい。しかし俺からしたら普通ではない。まぁ、不良の兄を持つよりは数段ましだが。それにしても、いつもは俺が退室したことにも気付かないというのに、今日に限って気付くとは…。
「いや、やめとくよ。俺喧嘩なんかしたくないし。運悪く兄貴、手を怪我したら演奏出来なくなるんじゃないか?そんなくだらないことで恨まれるのはいやだからな。とりあえず今回は、見逃してよ」
すると兄は自分の両手をじぃっと見て、ふっと笑った。
「まさかお前に止められるとは…俺もまだまだだな。今日は俺の手を気遣ってくれたことに免じて見逃してやろう。しかしまだ俺が諦めたわけじゃないぞ?次こそはお前にクラッシック音楽のよさを教えてやろう。楽しみにしてろよ」
と言い終えると、兄は俺の額にデコピンした。これが意外と痛いんだよな。ま、口に出さないけど。折角見逃してもらったのだから。
なんだか、機嫌いいみたいだし。
とりあえず姉の部屋へ顔を出してみることにした。

簡単に言えば兄はクラッシック音楽オタク。まぁ、その称号だけ聞けばかっこいいかもしれないが、実際は迷惑な話だ。自分の趣味を、趣味の真反対の人間に押し付けるのだから。しかし我が家族で迷惑だと思っているのは、おそらく俺だけだろう。それほどまでに、我が家の人間は変わっているのだ。

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