獄華蓮

愛しの絆

ある日の昼、父が仕事で家にいない時に、居間のソファーに姉と俺が座り、その向かえに兄が立って話をしていた時のことだ。いつものように姉も兄も真剣に話をしていた。その一部で、俺が頭の中に焼きつくように残った話のこと。それは姉の発言から始まった。
「拓海、実際葉月さんがお母さんになったとしても私、お母さんとは呼びたくない。私にとっての母さんは、今はもういない母さんだけだもの」
それを聞いていた兄の顔が一瞬曇った。これは俺にも理解でき、同意することであった。
いつも姉の意見には、俺たちの本当の母のことが含まれていた。多分姉は気付いていないだろうけど。それは姉が永眠した母さんへ対しての依存、そして葉月圭に対しての絶対的否定を表していた。
「わかってる…俺だってそう思う…。しかしそうとも言ってられないんじゃないか?実際、義母になってしまうんだ」
姉とは違い、兄はいつも中立の立場にいた。自分らの本当の母と、これから義母になるであろう葉月圭との間にいた。
そんな会話を兄と姉がしている時も、俺はただ聞いていることしかできなかった。俺が今口を開いたところで、余計に話が拗れて面倒くさくなるだけだとわかっていたからだ。

そしてとうとう来てしまった。俺たち家族の人生の変えてしまう日が。兄弟にとっては避けて通りたく、父と葉月圭からしたら避けては通れない話をしなくてはならない日だ。
俺たち兄弟三人は居間に呼ばれた。もちろん、父が兄のいるときをねらってのことだ。集まった俺たちは三人で三人掛けのソファーに座った。目の前のテーブルをはさんで父と葉月圭が床に座っていた。
長い沈黙のあと、父が口を開いた。
「父さん、葉月さんと再婚しようと思うんだ」
一瞬、兄と姉は予想していた言葉がそのまま聞こえたせいか、顔を曇らせた。俺はそんな顔は出来なかったけど、兄と姉が予想して言っていたことと全く同じ話を父から聞かされ、とても驚き、動揺した。
「あの、拓海…くんと愛梨ちゃん…それに皐月くん。私には今、三歳の双子の子供がいるんだけど…そんなことも考慮して考えてもらえないかな、再婚のこと。」
俺はそんなに気にしない、むしろ今まで末っ子だった自分が兄になれると思うと嬉しい、と言おうと思った瞬間、姉がソファーから勢いよく立ちあがって言った。
「再婚するのは勝手だけど、私葉月さんをお母さんとは言わない。言えないの。私にとってのはお母さんはお母さんだけだから」
それを聞いて一番驚いたのは兄だった。いつもは葉月圭に口を開くことすらしない姉が、自分から葉月圭に自らの意見を言ったからだと思う。しかしきっと、姉自身もびっくりしているんだろうと思った。自分から、これから自分たちの義母を名乗ろうとする人に、自らの意見を言ったことに対して。その後姉はソファーに座りなおし、姉が完全に座ったところで兄がソファーから腰を上げて言った。
「圭さん、と呼んでもいいか?もしそれでいいなら再婚したらいいと俺は思っている」
それを聞いた葉月圭は驚いたのか、嬉しいのか、悲しいのか、絶句していた。しかしすぐにいつもの笑顔に戻り、「ありがとう」と俺たちにお礼を言った。
その時も兄と姉は悲しそうな顔をしていた。

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