獄華蓮

愛しの絆

これが俺の兄弟の話。あとすべきと言えば、義母について。義母は変わっているといえば変わっているが、かなり普通な部類だと思う。父は普通すぎて面白くないし――
「さーつき!どーしたのっ暇なの?何、悩みでもあるの?ほら、お姉ちゃんに相談してみなさい!」
…いろいろと考えていたら姉が登場した。しかも急に。今俺は三人掛けのソファーに座り一人腕を組んでいた。姉は後ろから俺の首に飛びついてきた。正直、重い。
ふと、ソファーの目の前にある窓に目を移した。すると雨が降っていた。土砂降りではなく、霧雨。そんな霧雨を見ていたら、ある一時のことを思い出した。
「…たしか、圭さんがうちに初めて来た日も、こんな霧雨だったよな」
姉は少し俺の方を見て、窓に目を移した。そしてソファーの背に手をかけ椅子の方に登ってきた。そして俺の横に座り、窓を見て言った。
「そういえば、そうだね。…まだ、3年か…」
姉が、少しだけ泣きそうな顔をした。そんな顔を見ていないことにして、窓を見た。二年前のあの日のことを思い出しながら。

「こちら、葉月圭。母さんと父さんの友人だ」
母が死んで1年ほど経ったある日曜日の夕方、父は葉月圭という人間を連れてきた。美人といえば美人だけど、俺は死んだ母の方が清楚で綺麗だと思った。
話を聞くと、葉月圭は父と母の高校時代の友人らしい。もう一人仲のいい男がいたらしく、その人は葉月圭と結婚し、父と母が結婚したようで。しかし1年前に母が交通事故で永眠した。そして丁度そのころに、葉月圭の旦那も、永眠したらしい。
そして葉月圭には双子の兄妹の子供がいるらしい。
その時、まだ不良である高校二年生の兄の拓海と、まだ黒という裏の自分をもつ前の状態である中学二年の姉の愛梨は、なんとなくこの後に起こることが分かっていて、避けていた。そしてまだ中学校に入学すらしていない俺はまだよくわからず、兄と姉が何故葉月圭を避けていたかわからなかった。
葉月圭は週に一度程度、うちに来るようになった。相変わらず、兄は夜も遊び続けていた。そのため葉月圭と顔を合わせることは滅多になかった。姉はいつも顔を合わせていたが、葉月圭がいるときに声を出すことはなかった。いつも、頷くだけだった。否定をしなかった。
ある日、俺はなぜそんなに葉月圭を避けるのかと、珍しく家にいた兄と姉に尋ねた。すると兄はすこし眉を寄せ、姉は悲しそうな顔をした。そしてまず、姉が口を開いた。
「皐月…お父さん、あの人と再婚するつもりなんだよ」
その時、俺にはなにがいけないのかよく理解出来なかった。なので何が悪いのか、何が起こるのかと聞いた。すると今の今まで口を開かなかった兄が質問に答えてくれた。
「俺たちに新しい、母さんが出来るんだぞ」
それを聞くと姉は顔をしかめた。しかしその時の俺にはいいことのように思えてた。多分、その時の俺の表情を見た姉が、泣きそうな顔でこっちを向いて、口を開いた。兄はその後ろにただ立っていた。
「皐月…お母さん以外の人が、私たちのお母さんになるんだよ?私は絶対に嫌だよ。お母さんはお母さんじゃなきゃ嫌だからね。そんな嘘のお母さんなんか必要ない!拓海、拓海は?拓海はどう思う?お父さんと葉月さん、再婚してほしい?」
それを聞いた兄は少し目を細めて、下を見ながら小さな声で「嫌だ」と言った。いつもは強気な兄の言葉を聞いて初めて気付いた。母さん以外の人間が、自分の母を名乗る奇妙さを。そんな感情を感じた瞬間、俺は知らぬ間に「そんなの嫌だ…俺の母さんは母さんだけだ」と言っていた。姉もただ黙って肯定するように頷いた。
その後、口を開こうとする人はいなくて、兄が静かにすっと自室へ向かって歩き出したのを見て姉が自室へ戻り、俺も自室へと戻った。
以来、俺たち兄妹は父も家にいない時、三人でこんな話をすることが多くなった。最悪再婚するとこになったら、今まで俺と姉でやっていた家事はどうするだとか、母として認めるかなど。それは日常の生活のことから、自分たちの意識の問題だとかすべてを含めたことを相談していた。
実際、俺は話を聞いているだけで、意見を言うことはなかった。しかしいつも二人が真剣に話している姿を見ていると、自分も真剣に会話に参加したいと思った。だが、今回の話は俺が入れる幕はなかった。少しばかり小学生には早く、難しいことだったのだ。

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