真崎珠亜

一時の、


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 やはりというか、森は暗い。
日が出ているのだから木漏れ日くらい入ってきても良いような気がするが、それをも許さないのかこの森は。
「暗いな……」
「日が出てる分まだ明るいと思いますよ」
「明るいのか、これ」
「足下が見えるだけまだ良い方です」
「日が堕ちると?」
「見えません」
キッパリとした答えにぶつけた頭が更に痛むのを感じた。何故そんな危険を冒してまで『お出かけ』せねばならぬのかということもあるが、第一にそんな危険な場所に一人で行かせてしまっているという事実に。
「行くならせめて護衛をつけろ、それと明るい内に帰って来い」
「昔からこの山で遊んでいたんですから大丈夫ですよ」
「そんなの麓だけだろう。大体お前はいつもいつも危機管理がなって無い。考えれば昔からそうだったな。いざとなってからでは遅いんだぞ、分かっているのかっ!?」
「あ、そこ。気の根っこが出てて危ないですから気を付けっ……」
「早めに言え……っ」
 人の説教をしている場合では無かったらしい。注意される前に太い木の根に躓いて地面に顔面を強かに打ち付けた。苦い土の味が口に広がる。しかも額を更なる木の根に当ててしまい、かなり痛い。
「だっ…大丈夫ですかっ…」
そう言われて差し出された手の先を恨めしげに見上げると、手の主は明らかに顔を逸らして堪えきれないとでも言いたげに肩を震わせている。ついでに言うと、差し出された手と掛けてきた声もだ。
「笑うな」
「いたっ」
差し出された手ではなく腕を強く引き、傾いた体を引き寄せてその頭に軽く手刀をかますと、その下から小さな悲鳴が上がった。
それから向けられた顔を見下ろしてやるが、その瞳は笑っていた。
「何が可笑しい」
「少し、昔のことを思い出したんですよ」
「昔……?」
「子供の時も貴方が転んで私が笑って、こうやって叱られたことありましたよね」
「……あったな、確か」
何となく消し去りたい過去のことを掘り起こされて、懐かしくも思うし恥ずかしく思ってしまう。子供の頃の記憶なんてそんなものだ。
 純粋で単純だからこそ、馬鹿馬鹿しく愚かしい。
「……あの時も頂上に登るとか言ってたな」
「でも途中で迷って夜になってしまったんですよね」
「それでお前が泣いて疲れてこんな所で眠ってしまったから、私がお前を背負って暗い中一人で道を探して家に帰ったんだったな」
その後、家で酷く怒られてしばらく二人とも外に出して貰えなかった。
「……細かい所もよく覚えていらっしゃいますね」
「細かくは無い。大体、何で頂上なんか目指したんだ?」
私は額の痛みを抱えたまま、前で苦い笑顔を浮かべながら私の服の袖を引っ張っている者に問うた。過程は覚えているのに、その発端のことが全く思い出せない。
あの頃の私達が、危険だと知っていても頂上を目指すくらいだから余程のことだったとは思うが……。
「えーっと、確か――……『太陽を取りに行く』。でした」
 理由はあまりにも単純だった。
「……馬鹿馬鹿しいな」
「そうですか? 私は素敵だと思いますよ、夢があって」
「夢で現実は変えられん」
「いつからそんな現実主義になったんですか? 昔は『絶対取れる!』っておっしゃってたじゃないですか」
「いつの話だ」
振り返って笑う顔に溜息で返す。もう子供では無いのだから、現実を見て当然だろう。
「あ、また溜息ですか? 溜息ばっかり吐いてると疲れちゃいますよ」
「疲れてるんだ、実際」


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