真崎珠亜

一時の、


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それからまた歩き続けて、山の傾斜が大分きつくなって来た。頂上は近いのだろうか。
「もうすぐ着くのか?」
「分かりませんよ」
「分からないって……。一度来たことがあるんじゃないのか」
見せたい場所がるからと言われて連れてこられた筈だが。
「えぇと……、行きたい場所は分かっているんですけど、依然通った道じゃないんです、ここ」
「…………迷った、のか…?」
まさかとは思うが。
「大丈夫ですよ」
手を引きながら傾斜をゆっくりと、そしてしっかりと登りながら、ハッキリと迷いの無い声が返された。
どうやら、安心しても良――――

「もうとっくに迷ってますから」

――――――くは無かったようだ。
「それは……大丈夫とは言えないのでは……?」
「登ればいずれてっぺんに着きます。行きたい所はてっぺんです。だから大丈夫です!」
「大丈夫じゃないだろ!!」
 拳を握り熱弁された言葉に思わず怒鳴り返してしまった。
一方は怒鳴り返された瞬間、ビクリと肩を震わせて石のように固まってしまった。それから小さく震えている。もしかしなくても……泣かせて、しまったのだろうか……。昔は相手のことなど考えずに良く怒鳴り散らしてしまっていたので、ここ数年からは何があっても平常心でいようと決めていたのに何という失敗をしてしまったのだろう。
「いや、お前の言ったことは間違ってはいない! いないがかなり不安の種を撒き散らしているのだ分かるか!? だっ、だから取り敢えず泣くな! 頼むから泣くのだけは止めてくれ!!」
泣かせることだけは禁忌として誓ったのにもうこの有様だ。逆にこっちが泣きたくなってくる。
そして慌てる私の方へとゆっくりと振り向いたその顔は――――……

……――――もの凄く力の抜けた幸せそうな笑顔だった。

「…………」
「…………」
呆然として声も出ない私と、周りに花とか飛ばしている幻覚の見えるくらい幸せ全開の顔と視線が絡む。私は軽い眩暈を覚える。
一体何なんだこの笑顔は……!?
「ぉ、おい……大丈夫、か……?」
「すいません。貴方に怒られたのが久しぶりで何だか嬉しくて……」
あまりの予想外に逆に心配になってしまったが、理由を言われて更に不安が追加された。まさかそういうことが好きだとか言い出すんじゃなかろうか。
「かっ、勘違いなさらないで下さいね!? 怒られるのが好きだとかじゃなくてその……えと……」
何故か言い辛そうに斜め下に投げられた視線と澱んでいく語尾。
「言え」
「怒りませんか……?」
「言え。」
上目がちに窺うように言われた言葉に即座に返す。何だろう、この言い表せないくらいの虚しさは。
「貴方は怒っている姿が、一番素敵なんです」
「……怒っている姿か?」
「はい」
力強く頷かれても喜ぶべきか悲しむべきか怒るべきなのか分からない。只一つ言えるのは、もの凄く虚しい。
「昔からそういうお姿ばかり見ていた所為でしょうか、怒っているとあぁ貴方らしいなって思うんです。それに怒れるっていうのは元気である証拠ですから。最近お疲れのご様子でしたし、叱られることも無くなっていましたし……でも怒られて嬉しいなんて、やっぱり変ですかね?」
「変だ。途轍もなく変だ。というか変人だ」
「く……苦しいです」
気の抜けた笑顔の絶えない顔を片手で鷲掴みにして左右に揺らしてやると、手の中からくぐもった声が聞こえた。が、気にしない。素敵だとか言われて嬉しく思ったのは気のせいだ、絶対に気のせいだ。
「そういえばさっきの慌ててる貴方も可愛くて素敵でしたよー」
私は揺らす速さを更に上げた。


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