真崎珠亜

一時の、

「悪かった! 悪かったからいい加減離してくれ!!」
そう叫ぶと、ピタリと髪を引く手が止まった。しかし安心は出来ない。何故なら髪を持つ手は離されていないからだ。
「……は」
「な、何だ?」
恐る恐る後ろを見ると、髪をしっかり握り締めたまま静かな声で何かを言われた。俯いている顔がやけに恐ろしい。
「『ごめんなさい』、は……?」
ゆらりと上げられた顔は、とても優しげな微笑を湛えていた。
人の笑顔とは、こんなにも凶悪なものだったろうか……。
そもそも私はここまで叱られるようなことはしてない筈。というかこの状況だって勘違いから生まれたものなのに何故このような場面に直面しているんだろう。考えれば考えるほどまた虚しくなってきた。
「す……すまなぃだっ!? ごめんなさい!!」
どうしても『ごめんなさい』と言わせたいらしくまた途中で引かれた。何だろうこの拷問は。
「許してあげます」
やっと手が離された。本当に何本かは抜けたのではないかと思う。
『ごめんなさい』なんて言ったの、何年ぶりだ……。
 「じゃあ気を取り直して行きましょうか」
頭痛に悩まされてる私の手を取り、光の方へと駆け出した。いきなり走り出された私は転びそうになりながらも何とかついて行く。
「そんなに急ぐと転うわっ!?」
「到着ですよ……って、大丈夫ですか?」
「急に止まるな……」
あまりに急かすものだから注意しようとしたら、私の方が転んだ。
反射的に目を瞑ってしまったから何も見えないが、頭上からは楽しそうに小さく笑っている声が聞こえる。それに、瞼を通して光が見える。
どうやらようやく外に出られたらしい。
「ほら、起きて下さい。すっごく綺麗でしょう?」
ぽふぽふと頭を撫でるように叩きながらそう言われて、私はゆっくりと目を開けた。
急に明るい所に出た所為か、閃光に灼かれ一瞬目の前が真っ白に染まる。
そして光の霧が晴れた先は―――――――――


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