真崎珠亜

一時の、


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 もうどれ程歩いたか分からなくなった。暗い森の中では時間の感覚が無くなってしまう。この暗さには大分慣れて来たが、やはり暗い。
「上はまだなのか」
「もう体力切れですか? 数々の戦場を駆けてるのに山登りくらいでダウンしないで下さいよー」
「別にそういう訳では無い。ただこうも景色に変化が無いと時間の経過が分からなくなるだろう」
そう言いながら周りを見渡すが、やはり景色は変わらない。
薄暗い地面に時折顔を出している太い木の根、上を見ても重なり合いすぎた葉は黒く、その幹も本来の色よりも彩度が落とされている。
日が入らない所為か、草も花も無い。
まるで、白黒の世界に居るような錯覚を覚える。
「まぁそうですけど……そんなに時間は経ってないと思いますよ」
「根拠は」
「勘です」
果たしてその勘とやらを信じて良いのか分からないが、今は信じるより他無い。あれこれ考えているよりは楽だろう。
「そんなの、いずれ外に出れば分かりますよ」
「その外に出られるのがいつなんだ」
「さぁ?」
 綺麗な微笑を湛えながら振り向きざまにそう言われた。
「お前は……」
「そんな顔なさらないで下さいよ。……まさか、森の中に居るのが怖いんですか?」
困ったように眉を下げながらそう言って小さく笑う。その顔が幼子の我儘に対する顔に見えてしまうのは気のせいだろうか。
「そんな訳がっ……」
「はい」
思わず怒鳴り返しそうになった私に、そう言いながら袖を掴んでいた手が眼前に差し出されて声が止まってしまった。
只黙っている私の前には、薄暗い中でも映える白き手がある。
「『怖いのなら、怖くなくなるまで握っていろ』って、貴方が昔」
動かない私の手を取り、重ねながらそう言って、また前を向き歩き出してしまった。手は、固く握られたままだ。
「この歳でこの扱いは無いんじゃないのか」
「どれ程歳を重ねたところで、私にとっての貴方は貴方ですから」
 歌うように楽しげに言いながら手を引く背中は、昔と何ら変わりが無かった。私とは違い、本当に昔から何一つ変わらない。
呆れるくらい単純で、美しいまでに純粋。
いつの間にか喪ったものを、未だに持ち続けている。
「……本当は」
ぽつりと、そんな呟きが聞こえた。
「何だ」
「……怖いのは、私の方なんでしょうね」
「まだ怖いのか?」
躊躇うように言われた言葉に驚いた。一人でも大丈夫だとか、もう慣れてるとか言っていたのにそんな台詞を言うとは思っていなかった。
「森は大丈夫ですよ、もう泣いたりはしません」
「なら何が怖い」
「……それくらい、お分かりになって下さい」
「無理言うな」
わざとらしく拗ねた声が返ってきて、思わす苦笑しながら返す。
ただ、自分の返答として握る手に力を込めて。
「でも、怖かったら怖いって言って下さいね」
「誰が言うか」


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