真崎珠亜

一時の、

「…………赫」
 ―――――――――赫の世界が広がっていた。
空は燃えているかのように赤い光を降らし、眼下に見える地をどこまでも赤く染めている。目の前の稜線は赤と金の光が混ざり、本当に燃えているようにすら見える。そして微笑みながら私を見下ろす者の足下、つまり私の目の前には緋き花が咲き誇っていた。
「ね? 綺麗でしょう」
呆然としながら立ち上がった私の顔を覗き込みながら、嬉しそうに笑う。この景色を見せたくて、あんなにも急いでいたのか。
立ち上がって更に驚いたのが、緋き花がこの崖の上一面に咲いていだ。
森の中と外の風景のあまりの違いに、しばらく言葉を失っていた。
「赫は……血の色だ」
 やっと言えたのは、たったそれだけだった。
そう言うと、覗き込んでいた顔があからさまに曇る。
「やはりそんなことをおっしゃいますか……。こんなに綺麗なのにどうしてそういう暗いイメージしか浮かばないんですか貴方は?」
「どうしてと言われても……、戦場に出れば嫌でもそう思うぞ」
「連れて行ってもくれないくせに何を言いますか」
「当たり前だ」
眉根を上げて責めるような拗ねたような口調で言われ、私はその頭を押さえながら即座に返す。その顔が少し寂しそうに見えたのは気のせいだろう。
 誰が何と言おうと、赫は血の色だ。そしてその色は死に直結する。
「寂しくないのですか……?」
静かに問われた言葉に、返す言葉が見付からない。
「何と言えば良いのか……私には分からない」
「それなら、変えましょう」
「は?」
「その暗いイメージを変えるんです! ほら、世界にはこんなにも沢山の綺麗な赤があるんですから、変えるのなんて簡単ですよ」
 赤い光を背景に両手を広げて誘うように笑う。その姿が眩し過ぎて私は目を細めた。
「それなら……」
「はい?」
「お前にとっての赤は何なんだ?」
その沢山の赤に囲まれて幸せそうに笑っている顔を少し困らせてみたくて、私はそんなことを訊いた。すると、案の定少しだけ悩むような素振りをした後に真っ直ぐ指さした場所があった。
「あれです」
その指先を追うと、沈みゆく赤い塊があった。
「太陽、か」
「えぇ、太陽です。貴方もそう思って下さったら嬉しいんですけど」
「考えておく」
「微妙なお答えですね……」
 そう言うと、くるりと私に背を向けて何やら怪しい動きをし始めた。何か儀式でもするつもりなのかと思うほど怪しい動きだ。
しばらく手を上下させたかと思うと、やがてピタリと止まった。
「やった! 出来ましたよ!!」
それから、そんな嬉しそうな声。
「出来たって、何が」
「私と同じ目線で見てみて下さい」
そう言われて、隣に並び少ししゃがみ込む。
途端、目を灼く閃光。
「あぁ……、成程な」
「太陽。取れましたね」
隣からは得意げな声。そして目の前には、白い両掌に堕ちる赤い太陽。確かに、太陽を取っていると言えなくもない。
「しかしコレは『取る』というより『掬う』ではないのか」
「手に乗っかってるから良いんです」
「そもそも昔言っていたのは『取る』では無く『掴む』だったような」
「掴んだりなんかしたら壊してしまうかもしれないじゃないですか」
「屁理屈じゃないか?」
「そちらこそ」
ただ、そんな昔の夢を実現させられて少し気恥ずかしくなった所為か、素直に認めるのが何となく躊躇われた。
しかし、こんなことで喜ぶことが出来るのには感心してしまう。私にはもう、出来ないことだった。
 そう思うと、こんなにも子供のまま変わらない心を持ち続けているその存在は大変貴重なのだろう。決して、汚してはならない。
「どうしたんですか? そんなに人の顔じっと見ないで下さいよ……」
「あ、あぁ……。すまない」
そんなことを考えていたら、どうやら不躾に眺めていたようだ。恥ずかしそうに顔を逸らされ、ただ謝るしかない。
「あ。……消えちゃいましたね」
「山の向こうに堕ちたのか」
「すっごく綺麗だったでしょう?」
「……そうだな」
「間が気になるんですけど」
「帰るぞ。もう直ぐにでも暗くなる」
「無視ですか」
未だ余韻に浸っているその手を取り、私はまた暗い森の方へと歩き出した。夜は危険度が格段に上がる。ゆっくりしている暇は無い。


http://bungeiclub.nomaki.jp/
design by {neut}