真崎珠亜

一時の、

 ―――――――これは遙か太古の昔。勝者が正であり強者が正義になり、全ての事柄が神々の定めし運命だと多くが信じて疑わなかった、そんな時代の話。
 そしてこれから語るは、残酷で儚くも美しい世界に生きた若き二人の物語の一欠片である。

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 今まで磨いていた愛剣を壁に立てかけると不意に溜息が漏れた。
久々に家に帰って来たというのに何故か落ち着けない。ふと思い立ち、立てかけたばかりの大剣を持ち上げてみる。
子供の頃は両手で持つのもやっとだった剣も、今では片手で軽々と振り回せるようになった。随分と軽くなったものだと思い嗤う。
 よく見てみると、あちこちもう随分とガタが来ていた。刃は傷付き、刀身は直線では無くなってしまっていた。それに、錆がこびり付いて取れなくなってしまっている。
―――――――――これで、どれ程のモノを壊してきたのだろうか。
 そう考えただけで、持っていた剣が一気に重みを増した。気のせいなどでは無い、これはこの剣で奪ってきた全てのモノが憑いている。それが重すぎるのだ。
どれ程磨いても、どれ程振り払っても決して落ちない、赫。
いっそのことその赫に狂えたら楽になれるのだろうが、どうしても狂えない理由がある。僅かな理性がそれを止める。
 一体何の為に、誰の為に。
この血で血を洗うような戦いはいつになれば終わるのか……。
「…………疲れた」
重い剣を投げ、寝台に体を預ける。自分の心の底からの思いを吐露すると一層体が重くなった。
そのまま眠るように瞼を閉じると、今まで見てきた情景が鮮明に蘇る。
飛び散る赫、染みつく赫、広がる赫。
空の青さとは正反対の、地を染め上げていく色。
(……空、か)
 赫の記憶を振り払い、瞼を開け視線を上げると四角い空が見えた。
大分日は堕ち始めていたがまだ外は明るく、空は青かった。
空は良い。その雄大な一枚絵に青の光か黒の闇しか映さない。地とは違い、ちっぽけな我等人間がどうこう出来る存在などでは無い。正しく、あれは神の住まう土地なのだろう。
 幼い頃、青空に浮かぶ太陽をいつか掴むことが出来ると信じて何度も天を仰ぎ両手を突き出した。
何も起きなくても、何も変わらなくても、何度も。何度でも。
只、信じてさえいれば何でも出来ると思い込めた。幼い故に単純だった。
 あれから幾多もの歳月が流れ、多くの事象が通り過ぎていった。思えば、随分と長い間空など仰いでいなかった。こうやって透き通る青を見たのは久しぶりだ。
いつの間に諦めてしまったのか、もう思い出せない。
けれど今なら分かるのだ。太陽など、どんなに手を伸ばそうとも掴める訳が無いことを。
 単純に、純粋に信じ込むにはもう――――――――――…………?
ふと、落とした視線の先で『何か』が揺れていた。
窓の隅、見ようによっては窓枠から生えているようにも見えてしまう茶色の……毛だ。


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