魅闇美

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「優、杏奈ちゃんが待ってるよ」
次の日の朝。聞きなれた母さんの台詞を聞きながら俺はネクタイを首にかけながら階段を降りた。
「はいはいっと」
高校に入学して1カ月もたつと鏡を見ないでネクタイを結べるようになった。 ドアを開けるといつも通り杏奈がいる。小学生の頃から高校生の今も一緒に登校している。 通学路も二人で同じだし小学生からの恒例でもあるからなりゆきでこうなっている。
「おはよう、優」
「おう」
杏奈が振り向くと杏奈の鞄についているキティちゃんが揺れた。
「…髪結ってるんだな」
横に束ねられた髪にふわふわした花柄の髪ゴムがついていた。
「珍しい生き物でも観察するような目つきでみないでよね」
「珍しいじゃねぇか」
「優はどうせわかんないでしょ。コレはね、シュシュっていう髪ゴムなの。昨日武藤君がくれたんだ」
「シュシュ…実物見ないで名前だけ言われるとミスドの新しいドーナツかと思うな」
「なによそれ」
クスクスと杏奈が笑う。
「うちのクラスの女の子だって結構つけてる子いるじゃん」
「名前までは知らねぇよ」
「じゃあパンダルも知らないでしょ?」
「ぱんだる?」
「昨日履いてたんだよ?玄関まで送ってくれれば見れたのにね」
頭の中でおばちゃんの履くようなサンダルにでかでかとパンダのプリントがされているのが頭に浮かんだ。
「なんだよ、そのぱんだるって」
「靴。ヒールだけど履きやすいし可愛かったからお母さんにねだっちゃった。クラス会に履いてくからそのとき見てよ」
「クラス会?」
頭に浮かんでいたぱんだる予想図をかき消しながら聞きなれない言葉に首を傾げる。
「高校生になってだいぶ話せる人も増えてきたけどまだ仲間意識とか足りないじゃない? だからみんなでカラオケとかボーリング行こうって」
「あ〜…そんなこと誰か言っていたような言っていなかったような…」
「幹事の子がだいたい何するか決まったって言ってたから今日あたりお知らせのメール回ると思う」
クラス会と杏奈の突然変異が結びついて俺はにやりとほほ笑んだ。
「…そういうわけか」
「何が?」
「お前の好きな奴がクラスにいて、そいつのためにクラス会で可愛い格好しようってわけだろう?」
図星をつかれたのか杏奈が黙り込む。
「だから最近やたらと色気づいてるわけだ。良かったな、告るチャンスじゃねぇか」
「…優、私可愛いと思う?」
「俺に聞くのが間違いだろ。俺はお前をそういう目で見れないし」
「…」
「まぁ俺ら兄弟みたいなもんだしな。杏奈の恋、応援するぜ?」
「…コンビニで買っていきたいものあるから学校先に行ってて」
突然そう言って杏奈は九十度回転してコンビニへ歩いて行った。
「…なんだあいつ?」
取り残されて一人立ち尽くす。横を通り過ぎる同じ制服の奴らを見て止めていた足を踏み出した。 昨日の夕食前に胸を疼かせたなにかが再び湧き上がる。 杏奈が可愛くなろうと頑張る姿を見ていると応援したくなった。 けれど、それが誰かのためだと思うといい気がしない。 誰かの為にシュシュとかパンダルとか未知なものを身につけておしゃれして…。 俺の知っている杏奈じゃなくなるみたいで寂しい。 けれどそれだけじゃなくて、もっと複雑なものが自分の中に巣くっている気がしてならなかった。

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