魅闇美

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「じゃじゃ〜ん」
目の前に桜色のワンピースを着た女が腰に手を当ててふんぞり返っている。
「誰だよお前」
「失礼ね!隣に住んでいる可愛い女の子を忘れたの?」
「隣に住んでる乱暴女はスカートなんて履かないぞ。無理して似合わないもの着るなよな」
「女の子なんだしたまにはスカートもいいでしょ?」
下ろしたてなの、と呟きながら隣の乱暴女だと名乗る目の前の人物はくるりと回った。
「ぼやけたピンクだな」
「これは今流行りのマカロン色。あんた雑誌も読まないの?」
「メンズ雑誌にそんな色が載るわけねぇだろ。つーかなに?お前雑誌なんて買ってんの?」
「別にいいでしょ?」
「だってお前、中学の時も周りの女が雑誌買ってる中で俺と割り勘でジャンプ買ってたじゃねぇか」
手に持っていた今週のジャンプを振りながらそう言う。
「そうそう。雑誌買ったからジャンプ買う余裕ないの」
借りるね、と言うと同時に読みかけのジャンプがひったくられた。
「てめぇふざけんなよ」
「男ならジャンプの1冊2冊どうってことない顔で貸しなさいよ」
許可もなくベッドの上にどかっと座りジャンプを読み始める。せっかく可愛いワンピースを着ているのにガニ股で座っていれば台無しだ。
「流石だな、杏奈」
呟いた言葉はジャンプに夢中な当人には聞こえていなかった。
高田杏奈は隣に住んでいる幼馴染だ。隣に同い年の女の子が引っ越してくると 聞いた時は女の子かつまんないという気持ちと、異性を気にし始める年頃だった せいか少しドキドキもした。可愛い子だったらどうしようなんて 柄にもなく慌てたり、とりあえず通学路は案内してやろうと考えたりしていた。 そんな俺の桜色に色づいた淡い気持ちは出会い頭に儚く散った。
「サッカーしに行こう?まだ家の片付け終わってないからゲーム出来なくて暇なんだよね」
そう言った杏奈は灰色のトレーナーに黒のジャージで髪はベリーショートだった。 小学校の同学年にベリーショートの女がいなかったせいか、髪の毛が短い奴 は男という認識があった俺は混乱した。小学生の顔や声で性別を 判断するのは難しい。さらにその後、公園でサッカーをしたのだが杏奈は俺よりもサッカーが上手かった。 それらの結果から俺は母さんが間違って女の子と言ったんだなと脳内会議を終了させた。
俺が杏奈を女だと気づいたのはどしゃぶりの雨の日。
学校の帰り道に突然雨が降ってきて傘を持っていなかった俺と杏奈は全速力で俺の家に向かった。 びしょぬれな俺らを見て母さんは風呂に入りなさいと先に杏奈に声かけ たのだが、服を脱ごうとしない俺を見て杏奈は首をかしげていた。
「優、はやく服脱ぎなよ。風邪ひくよ?」
母さんは杏奈が俺を誘うのと、9歳だからという気持ちからだったのか俺も一緒に風呂に入るように促した。 俺は喉ぼとけが出ていないし、杏奈は胸も膨らんでいない。 けれど俺と杏奈に明らかに違う部分があった。 俺の脳内で大きなクエスチョンマークが浮かび上がったのは今でも忘れない。 杏奈は男ではないのだろうか?そういや男で杏奈という名前はおかしいのではないだろ うかと今更ながら疑問点が次々と浮かび上がる。
休み時間は男とサッカーや野球をして遊んでいたが杏奈は女の子ともすごく仲が良かった。 小学生の俺にとってわかりやすい性別判断道具であるランドセルを杏奈はもうリュックサックに変えていたが、 文房具は女の使っているようなキャラクターものだったような気がする。
すっかり混乱してしまった俺はその後1週間杏奈とどう接すればいいのか解らなくて避けてしまっていた。
そうだ、あの時に初めて杏奈の涙を見たんだ。
「うちのこと嫌いになった?」
といつになくか弱い声で聞き、涙を拭う姿を見て…ああ、女の子だなと思った。
それから少しずつ杏奈のことを女と意識するようになったのだが、 中学生になっても男と混じって馬鹿笑いをしたり胡坐をかいてジャンプを読んだりするものだから接し方は今まで通りでいた。
その杏奈がスカートだなんて目を疑うに決まっている。中学生のころ杏奈が制服でスカートを着た時の違和感に似ている。だがあの時とは微妙に違う違和感だ。 似合わないとかじゃなくて、なんて言えばいいのだろう杏奈じ ゃない誰かを見ているような気もする。
「サンキュー」
俺が考えごとをしている間に読み終わったのか杏奈はベッドにもたれて座っていた 俺の頭をジャンプで叩いた。飛ばし読みに違いないが漫画を読むのが早いのは昔から変わらない。
「あ〜、お前下ろしたてのワンピースに皺できてるぞ」
「マジで?最悪」
皺を伸ばす様にスカートを撫でる動作に女らしさのかけらもない。
「お前さ、外見どうにかする前に中身どうにかした方がいいと思うぜ?」
「はぁ?私めっちゃ乙女だし」
「どこがだよ?」
「…こ、恋だってしちゃってるし」
おかしくなったのは目だけじゃなくて耳もなのだろうか。今何と言った?恋?
「杏奈が恋愛かよ。変なものでも食ったのか?」
「ほんと失礼ね!私だってそう言う年頃なの!…優はいないの?好きな子…」
「ん〜…、可愛いって思う奴なら…まあいるけど、付き合いたいとかは思わないな。 つーか好きとかそういう恋愛感情がどんなもんだかさっぱりわからねぇや」
「ちょっと、高校生になって何その解答?」
「中学の時は野球一筋だったしなぁ…恋愛なんて結婚するくらいの年になってからでいいだろ」
「恋愛も青春のうちじゃない。少しは興味持たないの?」
「お前に恋愛について話を振られると思ってもいなかったぜ」
「話しそらさないでよ。もぅ、だから彼女いない歴=年齢なのよ」
「彼氏いない歴=年齢のお前に言われたくないな」
そう言うと癇に障ったのか杏奈の蹴りが脇腹めがけて飛んできた。
「優のバカ!」
捨て台詞を吐いて杏奈は部屋から出て行った。少しして玄関のドアが閉まる音 が聞こえたから杏奈は帰ったのだろうと思う。それにしても今日の杏奈は色々と おかしかった。ワンピースなんて着てるし恋愛について話しだすし。 考えごとばかりしてお腹がすいたのか腹の虫が盛大に鳴いた。そろそろ飯の時 間だと、自分の部屋を出て居間に向かう。ドアを開けると丁度目線の先に母さんがいた。
「優、杏奈ちゃんと喧嘩したの?」
怒鳴り声のようなものが聞こえたんだけど、と母さんが心配そうに言う。 捨て台詞のことだなと思った。
「別になんでもねぇよ」
冷蔵庫を開け牛乳パックを手に取る。マジックで〈優〉と書かれた俺専用の牛乳をラッパ飲みし、勢いよく喉に流し込んだ。
「あんた彼女には優しくしないと駄目よ?」
「ん〜…」
適当な返事を返したが母さんの言葉が引っ掛かり頭の中でリピートする。
「!?」
危うく牛乳を台所に向かって吹きだすところだった。
「彼女じゃねーし!」
「むきになっちゃって。高校生にもなってしょっちゅう二人で遊んでるじゃないの。 本当はデートしているんじゃない?」
「杏奈は杏奈だよ。あいつが仮に女でも恋愛対象外だ。杏奈はただの幼馴染だよ」
そーお?と母さんが不満そうに零したがこれ以上こんな話をされてもたまらないから母さんから逃げてテレビを付ける。
綺麗なお姉さんがニュースを読み上げているが全然頭に入らなかった。頭の中 は母さんの言った言葉がぐるぐると回っている。他人の目から見れば杏奈は彼女 に見られていたのだろうか?いや、うちの母さんは男と女が二人 で歩いているだけでカップルと勘違いするようなおせっかいおばさんだから母 さんがそう思っていただけだろう。女は恋愛ごとになるとやたらと騒ぎ出す、そ んなことを思うとふと杏奈が恋愛について話していた姿が思い浮 んだ。杏奈もやっぱり女なんだと心の中で静かに再認識する。なんかすっきり しないもやもやした感情が胸のあたりに渦巻いた。夕食のオムライスを食べて風呂に入った後、 部屋に戻ってベッドに横になった時にはその感情は消えていた。

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