魅闇美

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下駄箱で地面と床の境界線となっている段差に腰を掛ける。
少し経つとガラスでできた玄関の扉から杏奈が入ってきた。
「あんた何やってんの?」
ほんとにな。教室にいたら同じクラスなんだから会えるというのに、杏奈を待っていたなんてアホくさい。
「…なんだっていいだろ。走ったのか?遅刻ギリギリってわけでもないのに」
「うん。なんか急に全速力で走りたくなって」
笑った杏奈の口から八重歯が見えた。
「全速力で走りたくなったって…まぁ、そういう時がない気もしないけど」
「気持ちいよ?今度優も一緒にやろうよ」
「…好きな奴とやればいいだろ」
言った後で驚いた。 こんなことが零れ出た以上に、自分の声が不貞腐れた子供みたいだったから。 久方ぶりに二人の間に沈黙が流れた。 嫌な空気を払拭するために慌てて話題を振る。
「コンビニで何買ったんだ?」
「あ、えと…新作の飲み物出てたから欲しくて。 さっき走った後に少し飲んだけど甘酸っぱくて美味しかったよ。優も飲む?」
杏奈は鞄からペットボトルを出して俺に差し出した。 少しと言いながらペットボトルの中身は四分の三くらいにまで減っている。 潔癖症と言うわけでもないし今まで回し飲みなんてよくやっていたのに、杏奈が口をつけた ペットボトルで飲むことに抵抗を覚えた。
「いや…いい。今喉乾いてないし」
「新作って言ったらいつもは飛びついてくるのに、変な優」
俺に飲ませて美味しさに同感してほしかったのか杏奈は残念そうに口を尖らせる。 尖らせた唇がやたらと目について急いで目を逸らした。 頬と目もとの間辺りが熱を帯びるのを感じる。 杏奈は靴箱から上履きを出して床に放り投げた。 空いた手でペットボトルを仕舞いながら靴を乱暴に履いて床につま先を打ちつける。 そんな細かい動作を目で追っていた自分が可笑しいと思ったが、 そんな自分を可笑しいと意識する方が可笑しいのか意味のわからないことが浮かぶ中、 今までこんな思いをしたことはなかったという事実だけが自信たっぷりに脳内で主張をしていた。
「優、教室いこう?」
立ちすくむ俺を見て杏奈は声をかける。前に出そうとした足は拒否をして動かない。 脳で足を動かしてはいけないという指令が送られた。 杏奈と一緒に教室に入ったら誤解されてしまうかもしれない。
「優?」
少し前を歩いていた杏奈は引き返して俺の二、三歩前で止まる。
「どうしたの?」
カラカラに乾く喉に唾を飲み込んで潤す。 たっぷりと間をとって俺はさきほど考えていたことを杏奈に伝える。
「杏奈、これから一緒に登校するのやめよう」
「…なんで?」
「ほら、好きな奴に誤解されると困るだろ?俺らただの幼馴染なのにいろんな 奴に誤解されてさ、変な噂たったらそれこそ杏奈の恋上手くいかなくなるし」
杏奈の為を思って言った言葉なのに、杏奈は喜ぶと思ったのに。
「優のバカ!!」
怒鳴った杏奈の口から八重歯が見えた。
なんで怒鳴られなきゃならないのか意味が解らない。むしろ褒め称えてほしかった。 良く言ったえらい、私の為にありがとう…とか。 杏奈の幸せを願って手伝おうと思って、杏奈の笑顔が見たくて頑張ったのに。
あんな泣きそうな顔で怒鳴られるより、脇腹を思いっきり蹴られる方がまだましだった。
遠ざかる小さな背中を見ながら頭が真っ白になった。それなのに心臓は締め付けられるように苦しい。
「いてぇよ畜生…」
子供じゃないのだから泣くことで身体の痛みを訴えるようなことはしたくない。 だけどとてつもなく泣きたい気持ちになってきて、だけど小さなプライドがここぞとばかりに邪魔をした。 苦しさで涙が溢れそうになって、その苦しさの理由は杏奈で。 じゃあなぜ杏奈に対して苦しみを感じるのだろうか? 好奇心で探れるほど楽観的な問題ではない。 考えれば苦しさが増すばかりなような気がするし、 知らない方がいいと後悔することが出てくるかもしれない。 だけどもう杏奈と元の関係には戻れない気がした。 それならいっそその問題に向き合ってみようと自暴自棄が動き出す。 俺にとって杏奈はどんな存在?

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