相変わらず怒っている香月に押され、強制退場となった鈴嶺は１分もかからない内に自室に着いた。
香月はどうしてあんな顔をしたんだろう……。
ぼんやりと、ベットに転がり薄汚れた天井を見ながらそんなことを考えた。
鈴嶺にとって香月は姉のような存在だった。鈴嶺が小さい頃、女男と言われ虐められていたのを助けてくれたのはいつも香月だった。いつものごとく泣きじゃくる鈴嶺に「すずねは男の子だから泣いちゃダメなの」と常に怒ったように諭してくれた。
そういえば、香月の泣き顔なんか見たこと無いな……。
いつも虐められて泣いていた自分とは違い、香月は鈴嶺が知っている中では泣いたりしない女の子だった。卒業式でも、周りの友達がじめじめと泣いている中で香月だけは「今生の別れじゃないんだから」と笑っていた。鈴嶺が８歳の時、鈴嶺の家で飼っていて、香月も可愛がっていた柴犬の陸太郎が死んだ時も、鈴嶺がボロボロ泣くのに対して香月は「泣いてたら陸太郎が安心して天国に行けなくなっちゃうよ」と、一粒も涙を零さなかった。決して悲しく無かったわけではないだろう。
それに、彼女が両親を失ったときでさえ……。
但し例外で、紗月とグルになって鈴嶺で遊んで腹が捩れるくらい大笑いし、涙目になったところなら何度か見たことがある。前の『魔の３日間』の時も思いっ切り笑われた。
それでも、悲しいことや辛いことで泣いている姿は一度も見たことがない。香月は鈴嶺にとって強い、強すぎると思うほどの女の子だった。
しかしまぁ今まで遊びだと思っていたこの作戦が実はもの凄く本気で、さらにその存在を本気で信じているだなんて、もうどこに笑えば良いやらである。
……遊びで夜中に連れ回される方はたまったものではないが。
鈴嶺はサンタなんて生き物は全く信じていない。それならば何故サンタが怖いのか。いないと思うのと、怖いというのは全くの別物である。いないとは思っているが、見てしまうと怖い。要するに幽霊と同じなのだ。いるわけが無いと思ってはいるが、心霊番組などを見てしまうと夜中にトイレに行けなくなるようなものである。
しかし鈴嶺にとっての恐怖の対象は形を持ち、しかも皆から愛されていて、12月を過ぎると大量に繁殖するという厄介なモノなのである。幽霊ならば見える見えないに個人差はあるが、サンタに見える見えないの個人差などあり得るわけがない。鈴嶺はサンタの姿を見るたびに、血生臭い想像が頭を駆け巡るのである。
それなら何故自分は毎年毎年懲りずに、いや、毎年懲りてはいるが……、彼女に付き合うのだろう。それなら簡単に答えを弾き出せた。
香月には、いつも笑っていて欲しいのである。
香月は鈴嶺よりも早く産まれていたので、物心ついた頃から『お姉ちゃん』だった。いつも一緒にいたし、色んなことを話した。香月は多少乱暴なところもあるが、いつも泣いている鈴嶺を慰めてくれた。
そんな香月に鈴嶺は悲しい思いをして欲しくは無いのだ。自分が行かないと言えば、たった少し、小指の爪の先ほどかもしれないが、きっと悲しいと思うだろう。自分の所為でいつも笑顔の香月の顔を曇らせたくなど無い。
そんなことを考えて、鈴嶺はやっと気付いた
―――――――――自分は彼女に恋をしているのだ。と。
普段見たこともない表情をされてやっと気付くとは何というか、間抜けである。
気付いた途端かなりの恥ずかしさが込み上げてきた。幼なじみだからあんな事もこんな事も話しているし、さらにあんな所やそんな所まで見られてしまっている。
どんな話、どんな所かは読者各位のたくましい想像力にお任せしよう。
そして色々なことを思い出して、ベットの上で赤くなったり青くなったり黄色くなったりしながら数分間悶えた後、鈴嶺は決心した。
作戦の日に、告白しよう！
かなり急な話だが互いにもう気心なんて知れているし、常に互いの家に出入りしているので家族間の仲も大変良い。ただお互い肩書きが『ただの幼なじみ』から『恋人』へ変わるだけだ。
「よし！」
そう言って自分に
よくよく考えてみると、イヴの夜(真夜中)に２人っきりなんてかなり良い条件ではないか。街までは行かないとしても、この辺の住宅街だって各家々のイルミネーションで相当雰囲気は出るはずである。
そしてそんな鈴嶺の頭の中からは、もうサンタという赤い悪魔のことなどとっくのとうに消されていたのだった……。