またもや場面は変わって校舎(教室内)。
ごめんなさい！ これで最後にしますから怒らないで！
「……え？」
あまりにも意外な回答に思わず聞き返してしまった鈴嶺。香月の方は少し落ち着いたらしく、目を腫らしながらももう涙は出ていなかった。
「だから、お父さんとお母さんを返してってサンタに頼んだのよ。馬鹿みたいよね、天国に行った人が帰ってくるわけないのに……っ」
そう言ってまた泣きそうになるのを必死に堪える。もうこの幼なじみに涙は見せられない。今まで必死に虚勢を張って、悲しくても苦しくても辛くても、涙だけは見せないようにしてきたのに。
「……怒っていいよ。分かっててさんざん鈴嶺のこと振り回してきたんだもん。何でサンタが嫌いなのかは分からないけど、嫌いって知ってても手伝わせた。…だって、今まで私には鈴嶺しかいなかったから。いつも文句言いながらも付いてきてくれた鈴嶺に甘えてた」
鈴嶺の前には今、弱い香月がいる。
今まで一度も見たことのないような、弱い香月が。
「ごめん。本当にごめんね鈴嶺。でも私どうしても信じていたかった。もし捕まえられたら２人とも帰ってきてくれるんじゃないかって思いたかった。そんなことないって、何度も頭の中では否定していたのにね。今年もいつもみたいに同じ事頼んでた。お父さんとお母さんを返してって。もう10年も経ってるのに。ホント、依月の方が全然大人だよね……っ」
少しずつ、少しずつ両方の目尻から透明な液体が溢れ出す。必死で堪えても、もう時間の問題だった。
鈴嶺は決めた。この本当は弱い幼なじみを守ると。
「香月……」
「きゃっ……!? 鈴嶺何して……」
座っている香月を前から抱きしめる。ちょっと難しい体勢だが、今なら香月より鈴嶺の方が背が高くなっている。
「俺がお前の悲しみも寂しさも痛さも辛さも全部、全部引き受けるよ。だから、……もう頑張らなくていい」
自然とそんな言葉が出て来ていた。頑張らなくてもいい。そんな言葉が出てきたところを思うと、もしかすると自分はこの幼なじみが本当は弱いことを薄々感じていたのかもしれない。
「……ぅ。すずっ、ね、鈴嶺ぇっ…！」
そう言った途端火のついたように泣き出した。香月は今まで堪えていたモノが全て流れ出るような気がした。胸に知らず知らずのうちに溜めていた、暗くて重い感情達が涙とともに溢れ出す。
『頑張らなくて良いんだよ』。
ずっと香月は誰かにそう言って欲しかったのかもしれない。
それから数分間、香月は泣き続けて泣き続けて、やっと収まったかと思うと、
「あーっ、鈴嶺に泣き顔見られるなんて最悪！ ほら、お兄ちゃんたち待たせてるから、とっとと帰るわよ!!」
と、いつもの香月に戻って言った。やっぱり香月はこうでないと調子が狂う。相変わらずの笑顔は前よりずっと輝いて見えた。
今しかない。鈴嶺はそう思った。
「あのさ、俺……今更なんだけど」
「……何？」
いざ言おうとするとなかなか言葉にならない。香月だって気付いているはずだ、さぁとっとと言え佐倉鈴嶺！ お前はチキンじゃない!! と自分を叱咤して、
「俺、前からお前のことが好きだったんだ！」
やっと言えた。なんだか今までの16年分の勇気を一気に使ったような気がする。
香月はというと予想だにしなかったのか、黒真珠のような瞳を零れんばかりに見開いている。
「……えっ！ あっ、えぇっ!?」
「だから俺の恋人になって欲しい！」
「あー、うー、そのー…………ごめん無理」
「はぁっ!?」
佐倉鈴嶺。16年越しの思い、あっけなく玉砕☆
「あっ、いや、鈴嶺の気持ちはすんごく嬉しいんだけど、そのー……私、恋人出来たんだよね、先月。それで明日初デートするからついでにみんなに紹介しようと思ってたんだけどー……」
全くの初耳である。そんな素振りも見た覚えがない。
そう言えば最近一緒に帰ることが少なくなっていたが、まさか知らない間にそんな事態にまでなっていたとは。
それにやっぱり鈴嶺は私にとって『弟』だし、ぶっちゃけ言うと、自分より背の低い人はダメなの！ ゴメン!!
私、女子の中でも背が高いのコンプレックスだったし、鈴嶺の隣を恋人として歩ける自信無いし。ほらっ、鈴嶺には私みたいのよりもっと慎ましやかな女の子の方が似合うよ！ 何だったら紹介するし、だからホンット、ごめん!!」
神も仏もへったくれもあったものじゃない。ここまで良いムードにしておきながらここでバッサリ斬り捨てるか。
しかもあまり傷つかないようにフォローされているのもまた痛々しい。傷口に塩を塗りたくられている気分である。
もういっそのこと思いっ切り「だが断るッ！」と言われた方があっさりと諦められたかもしれないのに。
「だから鈴嶺には悪いんだけど、私は幼なじみって事で！」
「…………」
もう、声を出す気力もなかった。