§・§・§
「……誰の所為でそうなったと思ってるんですか」
で、話は現在に戻る。ただっ広いリビングで鈴嶺、紗月、依月が雑談している現場だ。
げんなりとしながら、飄々と笑っている男を睨みつけて言ったのは鈴嶺だ。
「僕の所為じゃないでしょー。勝手に信じちゃったのは鈴嶺ちゃんだし、それを引きずっているのも鈴嶺ちゃんなんだし」
本当にこの男の辞書には責任という言葉は無いものか、と鈴嶺は頭が痛くなるのを覚えた。
「ていうか、いい加減『ちゃん』付けは止めてくださいって何度も言ってるじゃないですか、俺もう16なんですよ」
「いや、幾つになっても僕にとって鈴嶺ちゃんは鈴嶺ちゃんだし、その顔は『君』より『ちゃん』の方が似合うよー。それならウチの依月はどうするのさ、何度も男の子に間違えられるなんて……、あんな可愛い女の子なのに。酷いよねぇ依月」
「兄さんと話していると疲れるから話し掛けないで」
「…………冷たい」
ズバッと切り裂かん勢いで依月は言った。
依月はどうもこの年の離れた兄が最近苦手らしい。昔は雛鳥のようにいつもくっついて歩いていたのだが、思春期特有の男性意識というものなのだろうか。しかし鈴嶺には無く、血の繋がっている紗月にそれを感じるというのもおかしな話である。
鈴嶺思うに、物静かな依月にとってこの奇怪な兄は今時の言葉で言うとウザいのだろう。鈴嶺は妹に嫌われてしょんぼりしている兄貴を見て内心ざまあみろと思った。
「鈴嶺ちゃーん、依月に嫌われたよぅ……。癒してよぉーっ」
「うわっ!? 寄らないでください気持ち悪い！ あんたには奥さんも娘さんもいるじゃないですか！」
「だって今居ないしぃ。それに美月ちゃんなんか最近幼稚園でどこぞの馬の骨とも知らぬ男にたぶらかされて『しゅんくんのおよめさんになるー』とか言い始めちゃったんだって！ ついこないだまで『パパのおよめさんになるのー』って言ってくれてたのにさ、最近なんて『パパとおふろはいるのいや！』とまで言われたよ！ ホントまだ５歳なのに色気づいちゃってパパは悲しいのなんのって……」
しくしくと泣き始めた父親を見て、本当に親バカだなこの人は……、と半ば呆れながら話を聞く鈴嶺。
「よ、良かったんじゃないですか？ 子離れが出来て」
「どこがいいものか！」
本当にこの人は俺にどうして欲しいんだ……。
さめざめと泣いている26の男の前に呆然と立ちつくす鈴嶺。依月に助けを求め視線を送ってみるが、目があった瞬間に即座に高速で逸らされてしまった。
ちょっと！ お前の兄貴だろこいつ！
という鈴嶺の叫びは依月には届いてくれなかった。相変わらずえぐえぐ言っている紗月は、立っている鈴嶺の足に抱きつき(縋り付き)微動だにしない。
「……そう言えば依月」
もういっそのこと泣いてる男は無視する方針で行くことに決めた鈴嶺は、また本を読み始めた依月に声を掛ける。
「何？」
「香月は？ 部屋にいるのか？」
先ほどからこんなに騒いでいるのに呼んだ本人が一向に現れない。友達と帰ると言って先に帰ったはずだし、一本前のバスに乗っているところを見た(あまりにも混んでいて鈴嶺は乗れなかった)ので先に着いていないというのはおかしい。
「……まだ帰ってきてないけど？」
きょとんとした顔で言われ、逆にこっちがきょとんとしてしまう。
「嘘だろ？ 先にバス乗ってたからてっきり……」
「さぁ…、家には連絡入ってないけど。鈴嶺の携帯は？」
「あ、そうか。見るの忘れてた」
ポケットの中からごそごそと携帯を取り出すと、待ち受け画面には『新着メール 一件』と出ていた。彼女が約束に遅れるなんて言うのは珍しい。よっぽど重大なことがあったのだろうか。
少しだけ焦る気持ちを抑えて受信ボックスを見た。