そう言ったのは更科紗月。香月や依月の兄である。
鈴嶺や香月よりも10歳年上で26。職業は小説家で、昔から文才があり、高校卒業後には大学にも行かず執筆活動をしている。一応それなりに売れているらしく収入は安定している様子。本名で出しているので、書店で『今人気の女作家！』と書かれているのをよく目にするのだが、鈴嶺はいつもそれを見た途端に笑い出したくなるのである。
鈴嶺の記憶によると紗月は着物が好きなのか、学校の制服以外には常に着物を着ていた。鈴嶺が、何故そんな面倒くさい格好をしているのかと訊くと「小説家たるもの、着物に万年筆は必須でしょう」とにこやかに答えられた。……そんなものかと思うが。
更科家特有の黒い艶やかな髪を一本に結んでいて、切れ長の瞳はいつも不思議不敵な笑みを絶やさない。
子供が云々というのは彼は既に結婚しており、現在２人目が産まれようとしている。妻と娘はそのため実家に帰り、彼はというと御自慢の妹バカで、一旦妻の実家に行ったものの、こちらの家へと帰ってきてしまったのである。
実を言うと更科家には両親が居ない。丁度今から十年前、事故で帰らぬ人となった。二人は有名な写真家で、この家然り、膨大な遺産だけが子供達に残ったのだ。
しかも取材先での天災による死亡事故だったので、不幸にも２人の遺体は見つからなかったのである。
余談だが、二人とも空の写真、特に月を撮るのが好きで、３人の子供達にはそれぞれ『月』という文字が入っている(紗月、香月、依月)。
不幸なことに祖父母はどちらとも香月が生まれる前に亡くなっていたのだが、遺産目当てで残った子供達を引き取ろうとする親戚が多かった。しかし、紗月がこの家から出ていくことも、誰かを家に入れることも強く嫌ったので、16の彼がご近所と協力して幼い２人を育てていくことに決まったのである。
そういうわけなので、更科一家長男である紗月が２人の妹の面倒を見ているのである。今は出産時期ということもあり実家に戻っているが、普段は更科(兄)一家もこの大豪邸で暮らしているのだ。以上、更科家の説明終わり。
「それより鈴嶺ちゃん。君のサンタ嫌いは直ったのかなー？」
まるで教育番組の司会のような、鈴嶺には頭に来るような訊き方ををしてくる紗月。何よりも幼き日の純粋な鈴嶺に恐怖の記憶を植え付けたのは15歳の時の彼なのである。
更科紗月。趣味は幼い子供達に嘘か本当かも分からないような冗談を言うこと。大抵昔から遊ばれているのは鈴嶺である。その関係は今も変わることはない。
昔、この男はたまに遊びで振り袖を着て女のフリをして鈴嶺をからかっていたので、鈴嶺は中学に上がる時まで更科紗月は女、あるいは同姓同名の双子の姉(又は妹)が居ると信じていた。今もたまに女装をするがそういう趣味は全く無く、ただ一般人をからかって遊ぶのが好きという根が腐っている男なのだ。たまに街でナンパに遭うから困るぅ～、とか何とかほざいていたのを鈴嶺は聞いた覚えがある。
因みに、この話の冒頭にある会話には続きがある。少しの間、それを聞いていただきたい。