『
木製の表札に威厳たっぷりに行書体で書いてある家の前に来た。更科家、鈴嶺の家の佐倉家から徒歩10秒の位置にある。
昔と変わらない外観の、白くて大きな家(庭、テラス、アトリエ付き２階建て)。一般家庭の鈴嶺は昔からこの家に憧れをもっていた。というより普通の人なら誰もが憧れるような大豪邸である。
玄関の更に外にある、表札の貼ってある外壁に備え付けられたインターホンを押す。
ピンポーンピンポーン……というインターホンならではの間の抜けた電子音が響き、数秒してから
『……はい、更科です』
と、小さな声が聞こえた。
「あ、いつき？ 俺、鈴嶺だけど入れてくれる？」
『分かった。ちょっと待って』
インターホンの向こうで何かがちゃがちゃという音が聞こえ、それが止まると同時に家の前の外壁の間に挟まれている鉄柵が開いた。家の者は指紋照合システムだかなんだかで、ある所に手をかざせば一発で開くようになっているのだが、部外者は家の中でロックシステムを操作して解除して貰わなければ入れないのだ。むやみに鉄柵を越えようとすると、鉄柵にはショックして気絶するくらいの高圧電流が流れているので即座にその餌食である。しかも使用している当人達が言うには、一週間に一日ランダムで心肺機能停止させかねないくらいの超高圧電流が流れるらしいのである。間違っても死にたくなければこの家にはチャレンジするな、ということだ。一応『高圧電流注意！』という張り紙はしてあるので、一般人が間違っても触ることは無い。
まぁそんなことよりも。
更科家の玄関に着いた鈴嶺は、そのまま玄関の戸を開けて中へ入る。無礼な！ と思われてもこれがいつもの鈴嶺の更科家の上がり方だった。
「おじゃましまーす。香月ー？」
どかどかと上がり込み、そのまま長い廊下を渡ってリビングへ直行する。香月の部屋は玄関横の階段を上がってすぐにあるのだが、大抵はリビングで茶を飲んでいるのでそちらに向かう。
「おじゃましますよー」
カチャリと控えめにリビングの戸を開けると、寒かった廊下に温風が流れ込んできた。
ざっと鈴嶺の部屋の３倍はあるであろうリビングでは、赤々と燃えている電気ストーブと、これまた超巨大な薄型大画面プラズマテレビ。それとその前にでかでかと置かれている純白のソファが目に入った。
テレビはついておらず、ただストーブのゴーゴーという燃える音だけが部屋に響いている。
そして鈴嶺はソファの上に座っている人物に声をかけた。
「いつき、香月は？」
いつきと呼ばれた人物は読んでいた分厚いハードカバーの本から顔を上げ、ゆっくりとこちらを向く。
黒のショートカットに茶の目。香月よりは幾分か幼い顔をしている。分厚い黒縁眼鏡を掛けているその顔は中性的で、男と言われれば男に見え、女だと言われれば女にも見えた。
更科依月。香月の妹で現在中２である。彼女もきっと終業式だったのだろう、制服姿の鈴嶺とは違って今は私服でくつろいでいた。
行動派な姉とは違い内向的で読書を好み、物静かで落ち着いている。性格だけを見れば依月のほうが香月より年上に思えなくもない。
「鈴嶺、また来たの？」
彼女特有の無感情な声が返ってきた。依月はどちらかといえば表情と感情の乏しい方なのである。
「…また、来たねぇ…」
苦笑して答える鈴嶺。
「よくも呆れずに毎年毎年付き合うね。お姉ちゃんにもいい加減諦めてもらえばいいのに」
「まぁ俺としてもそうしてもらいたいんだけど……」
「鈴嶺は馬鹿だと思わない？」
「……ぶっちゃけ、毎年思ってる」
「でしょ」
鈴嶺の本音にクスリと笑う依月。中２にしては大人びた笑みで、思わずドキリとしてしまう。元々更科家の血筋は両親共に美形だった為、産まれてきた子供達もなかなかの美人揃いなのである。
「いーのかなぁ鈴嶺ちゃん。そんなこと香月に知られたら半殺しじゃすまないよ、きっと」
と、鈴嶺の後方から人を小馬鹿にしたような、ちょっとカチンとくる声が飛んできた。
「さっ、さつきさんっ！ あんた出産の為に実家に行ってたんじゃないんですか！」
「えーっ？ そのつもりだったんだけどぉー、この大きな家に可愛い妹たち２人きりにするのも心配だから戻って来ちゃった☆」
さつきと呼ばれた人物はてへっと、ちょっと可愛こぶって言う。鈴嶺は少しだけ怖気が走った。
「子供のことはいいんすか」
「産まれるのは１月に入ってからだから、そっちは心配無いんだけどさ。折角のクリスマスなのに家族で居られないのは残念かなぁ」