真�ｱ珠亜

赤色の幻想

　『ねぇねぇ、さつきさん』
　『なーに？すずねちゃん』
　『どおしてサンタさんのお洋服は真っ赤なの？』
　『……それはね、サンタさんが殺した悪い子達の返り血を浴びているからだよ…』


この物語の主人公。佐倉鈴嶺さくらすずねの、５歳の時の記憶である。


それから時は過ぎ、鈴嶺16歳の冬。
　12月も中旬に入ると、街はどこもかしこもクリスマスムード一色だった。
「はぁ…」
　と、そんな色とりどりのイルミネーションに飾られた街の中を俯きがちに歩く少年が一人。黒のスポーツバックに学ラン。短く切り揃えられた黒髪に同じ色の少し大きめな瞳を持つその少年は多少中学生にも見えるが、何処から見ても普通の高校生男児だった。
佐倉鈴嶺。市内でちょっと有名な私立高校に通うごく一般的な高校一年生。成績優秀なのはさることながら、女顔という助け？　もあって校内ではちょっとした有名人だ。昔からこの名前と顔の所為で周りの男達からは女男と馬鹿にされては来たが…。
　さて、話を戻すが何故彼が周りの空気とは対照的に暗くなっていたかというと、そのまんま。まさにクリスマスだからである。
折角のクリスマスなのに寂しく独り身だから？　それともクリスマス直前なのに恋人と別れてしまったから？
　どちらも違う。
　寧ろ鈴嶺は女性ウケはとてもいい。可愛い可愛いと言われ、結構愛されている。
まぁどちらかというと愛玩生物扱いなので、彼女たちからしてみると『鈴嶺≠男』で『鈴嶺＝ペット』なのだが。例えて言うならば、バレンタインデーに義理チョコは沢山貰えるが、本命は一つも無い。そんな感じだ。
　では何故彼がクリスマスで鬱気分になっているかというと、
要するにもうすぐ、今宵サンタクロースがカミングするトゥタウンの日がやってくるからだ。因みに言っておくが、決して私はルー語を話しているつもりはない。
　幼い頃のトラウマにより、彼は世界でたった一人であろう『サンタクロース恐怖症』になってしまったのである。
【サンタクロース恐怖症の症例】
・サンタが怖い。
・ＫＦＣ前にいるお爺さんがその格好をした途端に食べたくなくなる。
・サンタのコスプレをしている物体(人間や人形)の前を通れない。
・ダンシングサンタに対峙すると吐き気を覚える。
・『サンタ』という単語が言えない、もしくは書けない。
・『きよしこのよる』や『ジングルベル』は歌えるが、『あわてん坊のサンタクロース』や、『サンタが町にやってくる』等、サンタ関係の歌は歌えない(『赤鼻のトナカイ』も「サンタのおじさんが〜」というフレーズが入っているのでＮＧ)。
・つかもうサンタなんて来ないで欲しい。
　　　　　　　　　　　　　 　　　　　 ……等々。
　ついでに書いておくが、サンタクロース恐怖症はサンタのみが怖いだけであり他の、クリスマスツリーやトナカイなどは平気なのである。
　そして彼の溜息にはもう一つ理由がある。
「……今年は無きゃ良いんだけど…」
誰に言うでもなくぽつりと呟かれた言葉には何とも言えぬ重たいものが含まれていた……。


　そしてそれから数日。12月22日の出来事である。
　終業式で早めに学校の終わった鈴嶺は、厄介なモノに捕まる前にとっとと帰ろうとしていたときだった。
「佐倉鈴嶺くーん？　いるでしょー」
と、大声で言いながら入ってきた少女が一人。艶やかな黒髪を高めの位置でポニーテールにし、黒真珠のような目は勝ち気で、いかにも好奇心旺盛です。とでも言うかのようにきらきらと輝いている。
　鈴嶺の幼なじみで隣人の、更科香月さらしなかづきである。
　つーか他クラス入ってくんならもうちょっと慎み持てよ……。
という鈴嶺の思いは通じるわけもなく、鈴嶺より背が頭一つ分高い幼なじみは早口で捲し立てる。
「私が来た理由はもう分かってると思うけど、今日これから私の家で作戦会議するからちゃんと来なさいよ。来なかったらどうなるか分かってるでしょうね。んじゃ、私は友達と帰るから、じゃねっ！」
「ちょっと待て！　まだ俺何もっ……」
　鈴嶺の反論は虚しく空気に混じって融けただけだった、気付いた頃には彼女はもう居ない。まさに突風だ。台風のごとくやって来て、台風のごとく去っていく……。
……来てしまった、今年も。
　そして鈴嶺はがっくりと、外れて落ちるのではないかと思うくらい肩を落としたのであった。クラスの人が訝しげにこちらを見ているが、それすらも気にはならなかった。

　それから40分後。
　鈴嶺はいつも通り電車とバスを乗り継ぎ、家に帰った。これから幼なじみの家に行かねばならないのだが、どうも（かなり)気が重い。寧ろ行きたくなかった。
　毎年この時期にやってくるのだが、行くのが嫌で引き籠もっていた年には何があったんだっけ…。と、思い出を引っ張り出すと、鈴嶺は思い出した瞬間全身に鳥肌が立った。

• « prev
• next »