で、校舎内。ほんとコロコロ場面変えてごめんなさい。
結局40分近く、旧校舎と新校舎を行き来し、赤い彗星（だからといって通常のやつより３倍速いわけではないが）の姿を捜したのだが、色々と怖い思いをしただけで見つからなかった。そもそもどう転んでもサンタは学校にはいないと思う。
歩き疲れた２人は、香月が普段使っている教室に落ち着いた。香月はいつも自分が座っている席に、鈴嶺はその前の誰が座っているかも知らない席に座っていた。
「あーあ。今年も見つからなかったかぁ……」
机の上で腕を組み、その上に顔を乗っけていう香月。もう眠たそうである。
「そうだな……」
毎年鈴嶺は思うのだが、もしも、もしも本当に巡り会ってしまった場合はどうするのだろう。自分は卒倒する自信はある。
「やっぱりもうダメかぁ……。やっぱりいるわけ無いもんなぁ、サンタクロースなんて」
「……は」
ぽつりと諦めの溜息と共に吐き出された言葉に思わず聞き返してしまった。
今、この少女は何と言った？
や っ ぱ り い る わ け 無 い 。
聞き間違いかと思ってしまった。それほど香月の口から出るにはあり得ない言葉だったのだ。
「おまっ、お前何言ってるのか分かって……？」
「分かってるよ。サンタさんなんて本当はいない」
自分の腕に顔を埋めてしまって顔が見えない。くぐもった声だけが静かな教室に響く。
「本当は６歳のクリスマスに気付いてた。だって欲しい物何でもくれるはずのサンタさんが、その年に頼んだものは持ってきてくれなかったんだもん」
「じゃあなんでこんな無駄なことしてたんだよ！ さんざん付き合わされる俺の身にもなってみろ!!」
「だって信じたかったんだよ！」
思わず怒鳴った鈴嶺の言葉に怒鳴り返してきた香月の顔は、泣いていた。
鈴嶺が初めて見た香月の泣き顔だった。
「無駄だって知ってた、分かってたよそんなこと！ だけど、だけど信じていたかった！ もしもいたのなら、私の願いは叶うんだって!!」
あまりに必死だったので、鈴嶺は何も言えなかった。こんなにボロボロな香月は初めてだった。
「……何を、願ったんだよ。その……、あの赤い奴に」
こんな時でもサンタという単語が言えない鈴嶺である。
そして香月は数秒黙った後、ごしごしと強く涙を拭いてから言った。
「…………『お父さんとお母さんを返してください』」
ここで場面は車内に変わります。ホントすいません、石を投げないでください。あ、痛っ!?
「……そんなこと、書いてたの？」
明るいクリスマスソングがかかる車内で依月は相変わらず無表情ながらも、ほんの少し、驚いたような声を出した。
「うん。父さんと母さんが死んだ年にね。依月はまだ小さかったからあんまり両親のことは覚えてないだろうけど」
「ちょっとなら、覚えてる」
温かい手に、広い背中。優しい声と、写真の中の優しい笑顔……。
「ちょうど甘えたい盛りだった香月にとっては相当ショックだったんだろうね。いつもは泣かないのにあの時だけは大泣きしてた。まぁ、僕の前でだけだったんだけど。あの時からプライド高かったから、依月や鈴嶺ちゃんのまえでは絶対泣かなかったんだ」
「…………」
それは依月も少しだけ覚えている。いきなり両親がいなくなって泣きわめく自分に、姉は何度も笑うように言ったのだ。
「ほら、泣いてたらお父さんとお母さん困っちゃうよ。困らせたらダメだよ。安心して『てんごく』っていうところに行ってもらわなきゃダメなんだって、さつきお兄ちゃんが言ってたよ。『てんごく』に行って、お父さんとお母さんに幸せになってもらわなきゃダメなんだって」
何度も何度も、呪文のように繰り返された言葉だった。
自分も泣きたかっただろう、何せ香月も当時はまだ６歳である。
常に涙を見せない姉に依月も憧れていた。
「……辛かったんだね」
真っ暗な校舎を見ながらぽつりと依月は言った。
『辛い』……姉には似ても似つかない言葉だと思っていたのに。
「そうだね」
同じように校舎を見ながら、紗月が応えた。